より強く ― 2011/04/26 03:13
カーリングの小笠原歩(旧姓=小野寺)がカーリングの普及に果たした功績は大きい。まずは2006年のトリノ五輪で巻き起こったカー娘人気。当時の小野寺、林、本橋、目黒らが活躍し、カーリングという競技そのものの知名度を上げた。そして、小野寺、林はトリノ後、一旦、競技から離れたが、全国各地を回りカーリング教室などを積極的に継続した。◇3月11日の震災のとき小笠原は、かつて所属していた青森を、そして、カーリング教室を開いた東北の沢山の街に思いを巡らせた。未だに連絡がとれないひと、悲しい知らせもあった。◇25日、新チームが正式にスタートした。「4年、8年、12年と長いスパンで活動できるチーム」。オリンピックごとにチームが消えていくのは残念とも小笠原は話したが、本当に長く長く活動することの大切さを強く感じているからだろう。◇去年秋の復帰会見のときには決まっていなかった4人目のメンバー、そして、チーム名も明らかになった。チーム青森の前進となった「フォルティウス」を引き継いだ。当時のメンバー、目黒萌絵、寺田桜子も名前の使用を快諾、目黒は「一番の応援者だから」と言ってくれているという。意味はラテン語「もっと強く」、小笠原、船山にとっては新たな出発に相応しい名前だ。■画像は札幌市内で街頭募金に立つ小笠原歩。隣はバスケットボールの阿部友和選手
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