負けちゃいましたね2012/11/04 01:22

プロ野球、日本シリーズ。巨人が優勝しました。

GK福藤豊2012/11/05 01:36

アイスホッケーの日本代表がオリンピック出場を目指して苫小牧で合宿を行っている。男子は3日、4日の両日、アジアリーグの選抜チームと壮行試合を行った。ソチオリンピックの1次予選は今週末、日光で行われる。NHLでプレー経験を持ち、2シーズン前に日本に復帰した福藤豊選手が日本のゴールを守る。アジアリーグ若き得点王(2010-11)久慈修平選手、現役大学生DFの山田虎太朗らも代表入りした。活躍に期待。■女子は4日のフランスとの親善試合に勝利。2月の世界最終予選突破を目指す。

BELDING(ベルディング)2012/11/05 01:57

愛用していた黒の軽量ゴルフバッグを処分した。底のプラスティック部分をぶつけ、割れてしまった。バッグ2箇所に背骨のように支えているシャフト状の棒が突き抜けてしまってはどうにもならない。■それにしても、このバッグ高性能、軽量、無駄なくとても気に入っていた。デュアルストラップで大きさも練習場や早朝、薄暮のセルフプレー(担ぎ)の際などに最適だった。信頼できるBELDING(ベルディング)製というのも気に入っていた。■最近、BELDINGはアスリート向け軽量バッグを生産していないようなので、なおさら貴重だったのだが・・・。5、6年前のモデルだったのだが、まだまだ、使いたいところだったのだが・・・。これまで楽しくゴルフをさせてもらったことに感謝しよう。ありがとう。■あまりゴルフ用品を使わなかった今季、クラブの倉庫に預けたままのフォージド、どうなっていくるかな、、、ごめんよ。

白星発進!2012/11/10 05:30

16年ぶりのオリンピック出場を目指すアイスホッケー日本代表。9日から日光を舞台にソチ五輪1次予選がスタートした。4チーム総当たりで最終予選に進める僅か1枚のチケットを狙う。■日本代表、初戦はルーマニアに2対0と完封勝利。明日は韓国、そして、最終日はイギリス。3日連続決戦。まずは土曜日、韓国戦ヤマだ。

望みつないだ!2012/11/10 19:38

久慈が延長、サドンビクトリーゴールを決めた。第3ピリオド残り11秒、勝利目前で追いつかれた日本。嫌なムードがただよったが3対2で韓国を下し勝ち点5(2勝)。ソチ五輪1次予選J組、1試合を残し1位。この組最後の試合は世界ランク日本の1つ上、フィジカルの大きくて強いイギリスとの試合。世界ランク22位の日本は最終予選へたった1枚の切符をとりにいく。■先制、#21久慈修平。失点直後、#16小原大輔が勝ち越しゴール。第1ピリオドではペナルティショットをセーブするなど#44福藤豊の気迫のプレーも随所に見られた。■日本のアイスホッケーはこれまでオリンピックに8回出場、1960年スコーバレー大会では8位という成績も残している。しかし、1998年の長野大会以来、オリンピックの舞台からも遠ざかってしまった。しかも日本のアイスホッケーは実業団チームが次々に廃部に追い込まれるなど、決して明るい道を進んできたとは言えない。4大会、16年ぶり、開催国枠を除けば実に1980年のレークプラシッド以来34年ぶりの五輪出場となるソチへの挑戦は日本のアイスホッケーに光をもたらす戦いでもある。

結果がすべて・・・だが2012/11/11 22:18

ソチ五輪を目指す男子アイスホッケーの夢を、少しだけ一緒に見させてもらった。結果がすべての試合だった。内容ではなく、勝利が絶対条件だった。悔し過ぎる。しかし、アイスホッケーの面白さを思い出させてくれた。エキサイティングだった。そして、素敵だった。ソチ五輪1予選J組、日本はイギリスに敗れ、2勝1敗(勝ち点5)、グループ1位はイギリスの2勝1敗(勝ち点7)に譲った。アイスホッケーを見に行こうと思った。

アイスホッケー2012/11/12 01:35

ウインタースポーツの盛んな北海道に暮らすことになった約20年前。友人はスポーツ好きの私を雪印スケートセンター(アイスホッケー場)や宮の森のナイタージャンプに連れて行ってくれた。直接見るウインタースポーツはとても新鮮だった。北海道ならでは、北海道に来た特権だろと友人は自慢げに観戦のツボを教えてくれた。■ジャンプは担当する仕事の関係もあり毎年、競技場に足を運び、長野、ソルトレーク、バンクーバーとオリンピックでも観戦した。アイスホッケーはというと雪印は廃部になり、札幌での試合はなくなった。それでも日本リーグの試合を時々、苫小牧に見に行った。今、存続の署名活動が行われている苫小牧の王子スケートセンターだった。もう10数年以上も前か。鈴木宣夫が活躍していた。■当時、プロ野球ニュースでアイスホッケーを応援しようと、ご当地アナがゲームをリポートするという企画が持ち上がった。フジテレビは八木亜希子アナが品川や新横浜、東伏見に行ったのではなかったか。北海道でもということで新人の高田英子アナが指名され、先輩の男子アナ陣がコメントや取材のサポートをするという体制になったのだと思う。■その初回、何と製氷機が故障するというハプニング。原稿やリポートも四苦八苦し、前途多難なスタートだったように記憶している。結局、高田アナのリポートは2度、3度あったのか、ほどなくしてゲームと原稿を送るだけになってしまったような。■真駒内でプレーオフが行われたこともあった。コクド・王子の対戦はプラチナカードだったが、チャンピオンチームのコクドの廃部はショックだった。西武、古河電工もなくなった。ゴルフの仕事をするようになり、プリンス系のコースで支配人をやっている名プレーヤーに再会し、感激した覚えがあるが、とんとホッケー場に足を運ばなくなっていた。アジアリーグが誕生していたが、1度も見に行ったことがなかった。ほんとゴメンナサイ。

アイスホッケー②2012/11/12 04:27

苫小牧・白鳥アリーナのスタンド下通路で若林仁氏にすれ違った。私の知っている日本代表監督時代の眼光鋭く、威厳漂う当時より、当たり前だが少しお年をめされ、小柄になっていた。「セットは所属チームごとに組むのか、タレントをそろえてオールスター的なFWラインが見られるのか」と質問した(私が?誰かが?)こともあったなぁ。コクドの1セット目、(新)王子の1セット目、西武の1セット目、そして、日本製紙、雪印、日光の選抜セット・・・。■そのころの日本代表が鈴木宣夫であり、坂井寿如だった。リンクから遠のいている間に、皆さん、年輪を重ねている。■バンクーバーのスピードスケート女子パシュートで銀メダルに輝いた田畑、穂積が苫小牧で報告会をしたとき、リレハンメル銅メダリストの山中宏美さんに少しお話を聞く機会があった。挨拶程度ではあったが、次の五輪ではアイスホッケーもというような話をしたようにも思う。

アイスホッケー③2012/11/12 04:40

今回、オリンピックの強化試合が苫小牧であるというので、釧路出身の若いスタッフに取材に行かせることにした。ほとんど取材経験もナシ、いつも先輩スタッフに怒られてばかり・・・。うまくいくか確信ゼロだったが、ボツになっても日本代表絡みとあれば取材に行かせた名目は立つかなと。失礼な話です。■指名しておいて、ほったらかしではさすがに無責任かと、少しだけ遠隔操作はした。で、当日もノコノコと様子を見に出かけた。息子をつれて。■長男は初めて見たアイスホッケーを掛け値なしに「おもしろい」と。それ以上に、私自身が興奮した。ゴールキーバーの福藤豊はスーパースターのニオイがした。人気に火がつくとき必ずそこにカリスマが存在する。この選手こそ日本のアイスホッケーの救世主だ。長髪、あご髭、メシアの風貌である。スターの空気を持っている。北米でのプレーがそうさせたのか、それとももっと前から持ち合わせていたのか。知らなかった。もったいない。■強化試合では久慈を狙って撮影させた。ALスターズとの試合では得点はなかったが、日光では3得点。意地を見せた。彼もまた、日本のアイスホッケーを前進させる役割を担う。韓国戦勝利を伝える北海道新聞に背番号44に抱き合って喜ぶ久慈の写真が載っている。■今回、ソチへの道は断たれたが、日本のアイスホッケーのおもしろさを知った、思い出した者は確実にいる。険しい道のりだが、前に進み続けてほしい。冬季五輪の最終日はノルディックは50キロクロスカントリー、アルペンは男子回転、氷上競技は男子アイスホッケー決勝。メーンイベントはアイスホッケーなのだから。そのステージに参加する日を夢見つづけたい。

落ち込んでいる暇はない2012/11/16 02:06

久しぶりに陸上の話題。福島千里選手とちょっと話した。これまでになく自然な感じで話が聞けた。特別な思いで臨んだ2012シーズンは不本意なものだったろうから、さぞ落ち込んでいるかと思ったら、そうではなかった。前向きだった。■今回、ロンドンについて聞きたいと申し出たらロンドンの話はできないと言う。福島千里を知る者としてはどうにも腑に落ちない今回の現実。いったい何があったのか、解明しないままでは次には進めない。そこで、「答えなくてもいいから、質問だけはさせて」とお願いした。そして、言えないこと、答えたくないことは「その件に関しては話すつもりはありません」と宣言してもらえないだろうかとも提案してみた。■「今まで順調すぎたから悪かったことが記事になるのは仕方ありませんよね」。「本当に楽しみにしていた場所だったし、オリンピックの特別な空気の中で、何か起きるかもしれないという期待もして・・・でも起きませんでした」。準備の段階からうまくいかず、望むような結果とは違うものであろうというのも、ある程度の覚悟はできていたようだったが、それでも必死にリカバリーにつとめるシーズンだったようだ。■福島選手は言い訳をしない、不平不満は口にしない。言って改善されるのならともかく言っても仕方ないことは言わない。不本意なものでも結果、現実を受け入れることはできたが、取材を受けるのは気が重かったという。「ミックスゾーン(取材エリア)で記者の皆さんの前で『ダメでした』なんて言えないじゃないですか、自分ひとりでオリンピックに来られたワケじゃない、大勢の人たちが応援してくれて、支えてくれて、それでダメだったじゃすまないですよね、何と言えばいいのか、ほんとあそこに行くのが一番大変でした」。■ショックでもう走る気力を失っているのではないかと心配したと聞いてみる。すると「ショックって、周りの人の方が私よりずっとショックを受けているみたい、私はこれからもガンガンやります」。目標はドンドン前に進んでいる、落ち込んでいる暇などないという福島選手。夢を、世界を追いかける福島選手の今と未来については、16日(金)のスーパーニュースの特集で放送予定(北海道内のみ)。