御礼2014北海道マラソン2014/09/03 01:56

2014北海道マラソン(8/31札幌市)は男子が辻茂樹(大塚製薬)、女子が野尻あずさ(ヒラツカ・リース)の優勝。2016リオ、そして2020のTOKYOへ、夏をどう戦うか注目されるなか期待たかまるレースをみせてくれました。ここを走った人たちが間違いなく、日本マラソン界を盛り立ててくれるでしょう。■25キロ過ぎから、仕掛けて、仕掛けてレースを動かした松尾良一(旭化成)は大会を盛り上げた一人です。中学、高校と無名、旭化成に入ってもトラックや駅伝ではなかなか表舞台に出ていませんが、マラソンで勝負してやると、20歳でマラソンデビュー、メジャーといわれる大会ではありませんが優勝も経験(大田原)。海外のレース(パリ)にもチャレンジしました。今年延岡で2位に入り、世界を意識し、夏の北海道に挑みました。解説の金哲彦さんは、走りが柔らかく長い距離向き、マラソンで成功する可能性が高いと期待を寄せていました。■NT(ナショナルチーム)の一員、注目を集めた酒井将規(九電工)は、NTに勝って名を挙げたいという面々のいわば包囲網にあうキツイ展開。試合前から取材、会見、セレモニーと「ナショナルチーム」のプライドを背負ってレースに臨みました。終盤まとめて3位には食い込めそうな感じでしたが、ラスト争いに屈し4位。絵に描いたようなある意味正しい主役の負け方となってしまいました。本人は相当悔しいでしょう。25キロで松尾がスパートしたとき、対応しきれなかったのが全てです。2年続けて「自分から行っていれば」という思いをしているのではないでしょうか。ただ、走りの感じ、雰囲気はマラソンで活躍するであろう雰囲気があります。なかなか勝てないまま、五輪、世界選手権で連続入賞した中本健太郎タイプかもしれません。■15キロ過ぎの給水で転倒した選手がいました。前のナンバーカードが破れ落ちてしまい、どの選手が判別できなくなり放送では紹介できませんでしたが、粘り強い走りを見せていました。20キロ地点で集団から5秒の差がありましたが、中間点では追いつき、酒井、シノザキ昌道(日立物流)、押川裕貴(トヨタ九州)、鈴木卓也(愛三工業)、宮田越(アラタプロジェクト)らと3位グループを形成。最後の最後まで3位争いを演じました。黒系のユニフォーム(以前は黄色がそのチームのユニフォームの色でしたが今年の東京マラソンで快走しアジア大会の代表になった松村康平が身にまとっていた同じものでした)を着ていたその選手。朝、黒木監督の顔を見たので、気づくべきでした。三菱重工長崎の岩田勇治です。この辺りの選手はきっとこのあと台頭してくるはずです。マラソン日本復活に期待を寄せるみなさん、どうぞ覚えておいてください。

ますます飛躍を!2014/09/03 02:36

鱒鮨をいただきました。おいしかったです。■野尻あずさ選手は誰も歩んだことのない道を突き進みます。スキーから陸上に転向、第一生命で吸収した陸上マラソンのノウハウも活かしながら、一人で、そして、練習の場所をもとめて、マラソン道を極めようとしています。■増田明美さんは「修行僧」「女・宮本武蔵」のようだと話します。走行距離は膨大です。練習で!と参加した北海道マラソン。レースは大勢の人と一緒に走れる、大会ならではの緊張感も味わえる。練習とはいえ、目標へ、今このとき、一瞬たりとも無駄にしない、一期一会の心とテーマを持ってことにあたる姿勢。■今回、大きなテーマは「ゆとりを持って終盤を迎える」。だから森選手に先行を許しても動じなかったのでしょう。そしてスイッチが入ると!見事な大逆転劇。18分台に落ち込んだスプリットをペースアップ。30キロで1分以上あった差をひっくり返して、更に5分もの大差をつけるのです。最後の2.195キロは7分38秒で上がりました。スゴい!■「暑さは感じなかった」とケロリ!「きょうは勝てましたが2時間半では箸にも棒にもかからない」と見つめる先の高さを感じさせるコメントをサラリ。嫌みや強がりじゃなく、自然と言ってのけるのです。本当に楽しみです。夏の北海道から大きな飛躍を感じさせてくれました。「マスマス(鱒鱒)」のご活躍を

日本体育大学2014/09/05 02:37

8月31日に行われた2014北海道マラソン。成績表をちらちら見ている。合宿の一環でフルマラソンに出場するという初の試みをした日本体育大学。30キロまで5キロ17分30秒のペース走を実施したようだ。■非公式だが、5km17:27、10km34:59、15km52:29、20km1:09:52、HW1:13:36、25km1:27:01、30km1:44:14とほぼ狙い通りでいけたのではないだろうか。■そこからはペースを上げた選手、同じ流れで行った選手、ダウンに変えた選手など様々だが、3年の小泉雄輝選手が30kmからの10kmを33分台のペースに切り替え14、5人は抜いて日体大勢の中では真っ先に2:24:46でフィニッシュした。■4年生の加藤光(日本インカレ出場予定)、今年1月の箱根1区で区間賞をとった山中秀仁らはスタートしなかったようだが、大きな収穫を得たのではないだろうか。

9月9日2014/09/14 23:23

中国の陰陽道で奇数は縁起のよい数字とされ、一番大きな「九」が重なる9月9日は「重陽の節句(菊の節句)」として祝う習慣が日本にも伝わっている。■この日、士別の日本陸連男子マラソンナショナルチームの合宿を見に行った。そこでのことをこのブログにも書こうと思っていたのだが、書きそびれていた。翌日、東京オリンピック(1964)の聖火最終ランナーで、フジテレビの陸上マラソン番組はじめスポーツ報道に多大な尽力をされた坂井義則さんの訃報に驚いた。さらに数日後、インターネットを開いて、SNSなどを開いてると、思いがけないことを知った。祝いの日である、9月9日朝に悲しい別れがあったということであった。■高橋優(たかはし・ゆう)選手に関するものだった。高橋選手は釧路青陵中出身で室蘭の北海道栄高校3年時に南部忠平陸上3位、大分で行われた全国高校総合体育大会(IHインターハイ)の陸上男子100m、男子200mともに3位となった。今年、インカレなどでも名を聞かなかったので、どうしているのだろうと思っていたのだが、SNSなどの情報によると闘病生活を送っていたという。去年の夏、200メートルの終盤の追い込み、インターハイで北海道勢が2人も同時に表彰台に上がったこと、当時、京都・洛南高校だった桐生祥秀選手とわたりあったことなどが鮮明に甦った。19歳。深い親交があったわけではないが、今もザワザワとした落ち着かない気持ちのままでいる。

レディース陸上2014/09/15 00:05

第2回北海道ハイテクAC杯レディース陸上競技選手権大会が14日、札幌円山競技場で行われた。高校・一般部門は女子のみ。北海道ハイテクAC所属で国際大会や日本選手権で活躍する選手始め、女子400メートルRの日本記録3走はじめ日の丸経験を持つ東邦銀行の渡辺真弓選手や去年の女子100mHの日本チャンピオン紫村仁美選手らも招待選手として出場した。■女子アスリートが主役の大会というだけではなく、次代を担う子どもたちにとっても大きな刺激となる素晴らしい舞台だ。小学生、中学生の部に出場するこどもたちのなんと生き生きしていることか!一般・高校は女子のみだが、中学生以下の部は男子もあり、子どもたちが精一杯走り、投げ!飛ぶ!■どれだけの子たちが陸上の道に進み、トップアスリートに育って行くかは分からないが、スポーツの持つ力、スポーツが社会へ還元できるエネルギー、そうした大切なものを強く感じさせる大会であった。■女子100mは向風のあいにくのコンディションだったが11秒台で渡辺選手が優勝。女子走り高跳びで京谷萌子が1m75の好記録をマークした。【画像は中学女子400mリレーに向かう北海道ハイテクジュニアのメンバー】

男子ゴルフもジュニア奮闘③2014/09/19 15:12

高校2年生、16歳の片岡、トップ10も見えてきた終盤の17番ホール、こともあろうか2ndを林の中に打ち込んでしまった。■林からの第3打は低いボールで木の間を抜く。グリーンを捉えたかに見えたが止まらない。ピンも奥だったが更にその奥へ行っても止まらずこぼれた。グリーン奥は芝が短く刈ってあり、更にその奥の深いラフまで転がっていくようになっていた。奥のラフからピンまでは距離があるが、奥のグリーンエッヂからピンまでは近い。刈り込んでいる所にバウンドさせると止まってしまう。落としどころは僅かな狭いエリア。パー5でボギーを覚悟する場面だ。そこで片岡は本人命名の「ハーフ・ロブ」で50センチほどに寄せる。またもアプローチで凌いだ。■石川遼がアマチュア優勝をしてみせたとき、確かサスペンデッドがらみだったように記憶している。片岡にとっても石川はマバユい憧れのプレーヤー。首位と6打差では「石川プロがアマチュアのときにしたようなことには届かないと思うけれど1打1打に集中して少しでも上位にいきたい」と予選通過の目標クリア後の抱負を話す。■4アンダーは石川と同スコア、予選は2組違いでカード提出が近い。「明日は石川選手と同組だと思うよ」と伝えると「大スターと回れるなんて!光栄です!!」と目を輝かせる。「スゴく楽しみです。とにかく、プレーを見たいです」とゴルフ少年は素直な気持ちを口にする。あす、この組、大勢のギャラリーで囲まれること間違いないだろう。▶アマの主なタイトル:日本オープンローアマ、日本アマ、日本学生、日本ジュニア【追加】午後6時頃、3日目の組み合わせ決まる。片岡尚之と石川遼は同組とはならなかった。

男子ゴルフもジュニア奮闘②2014/09/19 15:12

(つづき)■しかし、プロのトーナメントは、そんなに容易いものではない。高校2年生、16歳の片岡尚之の前に次々とピンチが訪れる。直後の6番は440ヤードのタフなパー4。セカンドはグリーンに届かず、花道からの40ヤードはあったろうかアプローチも寄らなかった。それでもここは3メートルのパーパットを沈め踏ん張る。しかし、7番では2ndをピンサイドのラフに外し3オン2パットのボギー。8番パー3では右奥のピンに対し、右奥に外した。流れが悪い。ズルズル後退してしまいそうな状況だった■この日、「良かったのはアプローチ」と振り返った片岡。8番のピンチを「ロブショット」で切り抜けた。ふわりと上げた見事なアプローチだった。ここから流れが良くなった。9番、10番、11番、チャンスと言えるほど近くにつかないホールもあったが、いずれもTショットのフェアウェーキープ、グリーンヒットとも完璧。そして、パー5の12番でバーディ。そのあとも13番、14番、15番はいずれも1ピン以内!入っていたらどこまで伸びるんだ!というゴルフが続いた。■ところがオナーで打った16番パー3は風の読み違いか、グリーンオーバー。ここも奥から転がしのアプローチでパーセーブにつなげるのだが、続く17番、スコアを伸ばしたいパー5で大ピンチに見舞われる。17番は輪厚の名物ホール。林越え2オンを狙うプレーヤーが多く、テレビ中継でも「見せ場」たっぷりのホール。ただ、それだけにTeeも2ndも待つことが多い。■片岡も次の組が追いついてしまうほどTで待った。ここもオナー。Tショットは右のラフへと行った。前日もラフに入れ6番アイアンで刻んだが、ボールが浮いていたので「狙ってみる」と5Wに持ち替えた。結果は引っかけ気味のミスショット。ボールは林の中に止まった。まさかの大叩きか・・・。

男子ゴルフもジュニア奮闘①2014/09/19 15:12

4月の勝みなみのプロツアー優勝は大きな話題となった。柏原明日架、堀琴音、森田遥ら、アマ、10代がツアーを湧かせた。秋、北海道。男子アマも奮闘してる。■JGAのアマチュアビッグタイトルの1つ日本ジュニアで優勝したのが北海道江別出身の片岡尚之選手(札幌光星高2年)。全国大会の優勝は初めてだったが、自信にもなったと話す。そして、初めてのプロの大会がANAオープンとなった(9/18-21@北海道北広島市・札幌ゴルフ倶楽部輪厚コース)。■初日が日没サスペンデッドとなり、金曜日は早朝の6時40分再開。片岡は1stラウンドを4ホール残してスタートした。輪厚は道内のジュニア大会が毎年開かれるコースだがプロのセッティングは初めて、再開後も2ホール目の7番でラフに苦労しボギー、それでも9番でバーディを奪い、前日中断前の-1で1ラウンド目を終えた。■そして、9時前にスタートした第2ラウンド。雨、風。そして晴れとめまぐるしく天気が変わる。1バーディ1ボギーで迎えた5番パー5。ドライバーがFW真ん中を捉えた。第2打は残り225ヤード。打ち上げ、向かい風。3Wでグリーンを狙うと2オンに成功する。■第3打アプローチを前にグリーンを見に行った同伴プレーヤーの中川勝弥プロが片岡に声をかけた。「イーグルだよ」と。片岡はまだ3打目を打っていなかったが、グリーンに上がってみると自分のボールがカップの脇、5センチくらいの所に止まっていた。あと数センチでアルバトロス!このホールのイーグルで一気に3アンダーとした片岡はベスト10も見えるポジションにジャンプアップした。(つづく)

歩く2014/09/21 22:48

運動量が減っていた。気疲ればかり。ここ数日、歩いている。すぐばてる。体力をつけねば。ゴルフのギャラリーはいい。ゴルフ場は起伏があり、芝や土、ウッドチップの上を歩く。プレーを見て、止まったり、進んだり。楽しみのうちに、ただただ距離をもとめると苦痛になるような長い距離を意識しないで歩き通してしまう。緑の中は空気もうまい。

三郷実沙希!2014/09/26 23:55

仁川アジア大会はいよいよ、陸上競技が始まります。初日、楽しみにしている種目があります。女子の3000mSCです。日本選手権優勝の三郷実沙希選手(スズキ浜松AC)に注目しています。■陸上競技は私自身が学生時代にやっていたことなどもあり、やはり思入れは強く、取材などでも力が入ります。出身校の選手などにも、ついつい肩入れをしていまいます。皆さんも、職場が同じ、学校が近いとか、我が郷土が輩出した選手だとか、「縁」のある選手だと、どうしても力が入るものではないでしょうか。■実は、三郷選手のお母さんと私は通っていた中学が同じなのです。1学年3から4クラスの小さな学校でした。学年は1つ違いでした。お名前は千代子さん。中距離選手として活躍しました。中学には陸上部はなかったのですが冬の間、長距離継走の全校選抜チームが結成され県下でも有数の好成績を残してきました。ただし、当時、大会は男子のみ。俊足選手でも活躍の場はありませんでした。長距離継走(駅伝)のある男子をうらやましく思っていたかもしれません。■当時の陸上女子中距離種目は800mだけ。社会人の大会でも1500mまでで、長距離種目はありませんでした。駅伝やマラソンが行われるなんて想像できない頃でした。時代的には増田明美さんが3000メートル、5000メートルなどで日本記録連発する少し前。初めて世界選手権もまだ開催されていない頃です。ゾーラバッドやメアリー・デッカー、イングリット・クリスチャンセンなどの登場はもっと後になってからです。ゴーマン美智子さんやグレテ・ワイツの時代です。■三郷さんのお母さんは、中学卒業後、スポーツ学課のある三好高校に進学、高校卒業後はトヨタで選手を続けました。トヨタは今は男子長距離だけのようですが、当時は長距離種目はグループのDENSOにあり、トヨタ本体のスポーツ部はトラック&フィールドのチームでした。三郷実沙希選手のご両親はこのトヨタのチームメートだったそうです。実沙希選手のお父さん、輝芳さんは静岡の森高校で鹿児島インターハイ2位。今年、日本選手権優勝の際、お母さんの千代子さんは、我が家で日本一は娘が初めてと喜んでいました。■三郷実沙希選手が所属するスズキは実業団連合を脱退したこともあり、駅伝には出場しなくなりました。駅伝がないとメディアが賑やかに扱うことは少なくなります。それでも個々の選手が目標に向かってレベルアップをはかっています。言って見れば、村上選手や海老原選手、十種の右代選手のように個々が結果を積み上げて注目度をあげていくしかなのです。■お母さんが同郷ということもあり、三郷選手は以前から気にしていました。日本選手権では2011、2012年と2年続けて女子1500メートルで4位。あと少しで表彰台に届きませんでした。それでも5000メートルでもサーキットなどで上位争いをするようになり、3000メートル障害にも取り組み始めました。そして、日本選手権の参加資格を掴むと去年の日本選手権では3位に入りました。そのあと東アジア選手権に選ばれ、銀メダルを獲得!。SCのキャリアは僅か2年。まだまだ伸びシロ十分!アジアから世界へ飛躍を願っているのです!!