藍&さくら、そして菊地絵理香2014/10/19 02:00

2003年、当時、東北高校3年の宮里藍は三重・桑名で行われた日本女子アマ選手権でメダリスト(ストロークプレートップ)からマッチも勝ち抜き優勝を果たす。当時、千歳向陽台中学3年だった菊地絵理香もその大会に出場していた。初出場でベスト4の快進撃だった。■2003年は女子ゴルフ界にアマチュア旋風が吹いていた。その中心が宮里藍であり、横峯さくらだった。その年のアマNO.1を決める日本女子アマも2人に注目が集まっていた。中3の菊地はベスト4まで進んだが古屋京子に敗れ宮里との対戦はなかったが、この時の縁もあって菊地は東北高校への進学を決めることになる。■2003年の女子ゴルフ・アマチュア旋風、それは9月のミヤギテレビ杯で最高潮に達する。説明するまでもなく宮里藍が東北高校3年でプロツアーに勝利した。宮里は翌週、アマチュアとして日本女子オープンに出場。大勢のギャラリーや殺到する取材陣の中プレー、連日プレスルームに呼ばれ取材に応じた。■2003年の日本女子オープンの優勝は服部道子。李知姫をプレーオフで制した。3位にTP(入会前)の上原彩子が入りツアープレヤー制度が話題になった。ローアマを目指した宮里は21位タイ。アマ4番目の成績だった。藍かさくらかで注目されたローアマは飯島茜。横峯は同スコアだったがプレーオフで敗れた。■そして、宮里は週が明け仙台に戻ると、東北高校で「プロ入り」宣言をする。校庭で行われたフォトセッションでは和田委世子ら同級生や後輩の原、有村らに囲まれ祝福された。■宮里がキャプテンをつとめた東北高校女子ゴルフ部は関舞、原江里菜、菊地、森桜子と続く世代が高校選手権(緑の甲子園)で5連覇を達成。地元開催のプロ大会でもロープ内外に東北高校生の姿があった。■2005年のミヤギテレビ杯はプロ2年目(ツアールーキー)の横峯さくらが逆転でツアー2勝目を上げる。この時、菊地絵理香(当時高2)は同じ組で回った。この組のもう一人は菊地にとって印象的な年でもある2003年の日本女子オープン覇者、服部道子だった。■優勝する横峯さくらと同組で回った2005年のミヤギテレビ杯、当時、東北高校2年だった菊地絵理香は結局、最終日にスコアを崩す。ベストアマも同スコアの金田久美子にプレーオフで敗れてしまう。因にこの年の表彰式、プレーオフ未決着でベストアマは出席していない。■2005年ミヤギテレビ杯、宮里以来のアマ優勝のチャンスがありながらベストアマも逃した菊地。翌06年の同大会には宮里がUSツアーから帰国2連勝する。トップ合格の有村智恵ら東北高校関係者が多数出場。菊地も意気込んでいたが最終日はロープの外だった。■このほぼ1ヶ月後、菊地はプロ入りを目指し1次予選受検。順調に最終テストに進んだが、2007年プロテスト(服部真夕トップ合格、若林舞衣子、一ノ瀬優希ら合格)は不運なロストボールなどもあり不合格。それでも2度目の受検は抜かりなくプロ入りを決めた。■藍&さくら旋風から10年、今年また女子ゴルフ界にアマ、ジュニア旋風が吹いている。宮里ルールとも言われた振興策を打ち出し若い才能をツアーの舞台に招き入れた樋口現相談役。10年たった今、樋口前会長がテレビ解説をする眼前で、宮里、さくら自身、そして彼女たちを追った選手たちの活躍が眩い。■韓国選手を筆頭にUSツアーを席巻するアジアンボーン。中でも菊地と同じ88年生まれの選手たちをパルパル世代と韓国では呼ぶらしい。朴セリの存在が多いに関係する。(朴セリは98全米女子OP、98,02,06全米女子プロ、01全英女子OP優勝ほか)。朴セリの同一年メジャー2勝の年に10歳だった子たちだ。■今年はミッチェル・ウィーが全米女子オープンで優勝。朴セリの影響を受けたパルパル世代(申ジエ、イ・ボミら)の活躍、そして藍&さくら以来のアマチュア旋風。2000年を挟んでゴルフを始めた私にとってはちょっとした「リバイバル」シーズンでもある。2003年、番組企画書に「北海道のミッシェル・ウィー、天才14歳ゴルフ少女」と書いて菊地絵理香の取材を画策した。初優勝したら、泣いちゃうかな、私が・・・!

劇的サンデー2014/10/19 17:29

ベストアマ、ローアマのプレーオフの話題をすることはなかったな、と反省。昨夜のブログ。