5キロ通過タイム2019/09/12 23:58

数字に惑わされるな!東京の最初の5キロは男子14分20秒(女子16分10秒)でもハイペースではない。通過タイムは数字上の速さは無視していい。どう下ってきたかが重要。ブレーキをかけながら下るのは禁物だ。クラッチを切って惰性で降りたか、ギアをローにしてエンジンブレーキをかけながらきたか・・・。ブレーキかけちゃだめだ。エンジンブレーキは燃料を燃やしてしまい。フットブレーキはブレーキドラムが焼ける(疲労が蓄積される)。力も気持ちも使わずにウォームアップ気分であれば通過タイムは気にしない。★更に用心しなければならないのが5キロ通過後。スピード感覚を維持しようとしてはいけない。ここはゆっくりでいい。下ってきた勢い、調子にのってはだめ。▶︎5キロ14分30秒、10キロ30分30秒、15キロ46分30秒だと、2時間8分とか10分のペースにも見えるが実は2時間15分のスローペースなのだ。それでも疲労を感じて遅れる者がいるだろう。※終盤の登り35キロから40キロの5キロは16分00秒(女子18分30秒)でも遅くない。40秒から50秒下りは早まり、上りはかかる(1キロあたり8から10秒の増減)

MGCいよいよ次の日曜日2019/09/11 18:48

男女とも出場者の健闘を祈ります。■スタートラインに立つまでに取り組んできたこと、越えてきたことの数々、うまくいっていないこともあったはずですが、すでにみなさんはあるいみ勝者です。(大迫傑著「走って、悩んで、見つけたこと。」、岡田正裕氏が選手に贈った言葉などを引用しています)■自分が走るわけではないが、胸が締めつけらるような気持ちになっている。ファンとしてメディアの一員として少なからず日本マラソン界に関わってきた(勝手に思っている)者として歴史的な場面を見ることになるのだなという感慨も。■思いつくことをランダンムに・・・。序盤下るコースは難しい。最初のヤマは10キロ手前から15キロ。想定より早くバラけるかも。目抜き通りの高揚感は敵か味方か。24キロ芝公園と33キロの皇居前の折り返し。大河ドラマ「いだてん」内招致写真集「日本」二重橋。足にきている選手は折り返しをうまく回れない。折り返し地点や平和台の坂など福岡国際のレイアウトは参考になる?35キロで2分差ならひっくり返ることも。外苑西通り、絵画館北〜西での逆転も。足にきていたら登りだけではなく、下りも下れない。■高温・多湿レースは大逆転も逃げ切りもある。気温10度前後のレースでは「足が止まっても」なにかしら踏みとどまる手段があるが、高温レースでは対処のしようがない。男子でも5キロ17分、18分、あるいはもっと落ち込むことさえある。そこに上り坂があればもっと進まないし、上りだけではなく中央線を潜る前の下りも下れない(モンジュイックの丘で黄と森下を分けたのは登りではなく下り)。神宮プール前の登り坂、その先の絵画館外周に入るヘアピンカーブも高速では曲がれないだろう。元気のある選手との差は大きくでる。一方でオリンピックの野口、トメスク、ワンジル、北海道マラソンの高見沢ら中間点よりも早く、あるいはスタート直後から先頭を走り続けて逃げ切ることもある。気持ちよく行かせてしまう、追いかけるグループのペースに蓋をかぶせる現象が起きるなどが考えられる。そのペースにハマってしまって追い上げようにも動かないとか。■中間点以降に折り返しが2度あるのはレース展開に影響を及ぼすだろう。どちらの折り返しで、どうレースに動きがおきるかによっても様々なパターンが想定される。そこまで集団にいて遅れた者は苦しいだろうが、案外前も疲れている、そんなに開いていないぞ、追いつけるかもと息を吹き返すきっかけになるケースもないわけではない。またその逆も(これは追いつけないなど)。■カメラ台数などにもよるが皇居で先頭と後続選手のカットバック、相手を見るかなど・・・映し出してほしいな、とも

松本稜、和久夢来が初V 北海道マラソン20192019/08/25 21:00

大会の数日前に前年のリザルトを見ながら「今年、松本が優勝しても不思議じゃないですよね」という会話を交わした。昨年の北海道マラソン、男子の成績は優勝が岡本直己、2位ポール・クイラ、3位谷川智浩、4位大塚祥平、5位中本健太郎、6位早川翼、7位岩田勇治、そして8位が松本稜だった(ちなみに9位は宇賀地強、ペースメーカーは藤本拓)。このときにMGC出場条件をクリアした岡本、谷川、大塚、中本に加え、岩田もMGCに駒を進めている。早川は秋の海外レースに出場するため今年の北海道マラソンには出場しないことがわかっていた。ギザエ・マイケルやワークナー・デレセしだいだろうがMGCに出場しない選手同士なら一番強いかもね、と。■ギザエ・マイケルは脅威だった。深川で藤原新さん(今年からスズキ浜松ACヘッドコーチ、選手としては足首の回復を待っている)にお会いして「優勝候補ですね」と言葉を交わしたこともあったが、25キロ過ぎにギザエ・マイケルに抜け出されたときは決まったかなと、諦めかけた(振り返ってみると、序盤から反応しすぎていて、エネルギーロスが多かった)。それでも後続グループの中から松本が追い上げ始めると、やっぱり、なと。3週間後にMGCに関心はいっているかもしれないが、ここにも一人、きっちりマラソンを走れる選手がいることを示して見せた(今回はMGCシリーズではないが、2時間15分を切って優勝、2から6位なら2時間13分以内という北海道マラソンにおける代表候補入りの指標に照らし合わせても合格点の走りだった)。同時に同じチームからMGCに出場する選手たちの活躍も予感させる。■今年4月に亡くなった小出義雄さんへの追悼の意も込めて放送にあたろうと話していたが、門下生の和久夢来がスローペースを我慢し30キロからビルドアップし、2度目のマラソンで初優勝を果たした。和久はMGCシリーズ(3月の名古屋)で完走しており、MGCファイナルチャレンジで2時間22分22秒クリアを、さらにパリ五輪はじめ日の丸を目標に掲げる。■北海道マラソン2019【男子】優勝 松本稜(トヨタ自動車)2:12:57 2位 住田優範(愛知製鋼)2:13:33※新人賞 3位 田中孝貴(カネボウ)2:13:36 4位 ギザエ・マイケル(スズキ浜松AC)2:13:43 5位 山﨑 翔太 ヤクルト 2:13:44 6位 松尾良一(旭化成)2:13:48 【女子】優勝 和久夢来(ユニバーサル)2:33:44 2位 岡田唯(大塚製薬)2:35:16 3位 吉田香澄(ニトリ)2:35:36 4位 猪原千佳(肥後銀行)2:36:24 5位 長山夢芽(大阪芸術大学)2:36:41 6位 本田絵里香(肥後銀行) 2:40:18

追悼 ありがとうございました2019/04/29 22:00

マラソン指導者の小出義雄さんの訃報にに接し、ただただ呆然としています。指導の一線から退かれたという報道は目にしていましたが、まだまだお話を伺いたい、インタビュー取材をお願いしようと思っていた矢先の悲報。とても残念でしかたがありません。■1991年から北海道で暮らす私にとって、特に北海道マラソンを通じてお世話になりました。そればかりかではなく、合宿の地で、様々な大会で、取材先で、お見かけした姿が偲ばれます。■1992年、バルセロナを前に札幌の厚別公園でストップウォッチを手にタイム計測されていたこと、その有森さんと1995年に北海道で劇的シーンを見せていただいたこと、千葉さん、堀江さん、佐伯さんら歴代優勝者ばかりではなく、松本真由美さん、佐藤千春さん、佐藤直子さん、赤木純子さん、那須川瑞穂さん、そう、次女の正子さんも・・・本当に多くの教え子たちが北海道マラソンに出場され、大会、番組を彩っていただきました。■監督ご自身が還暦を前にした1998年には、鈴木博美さんをともなってフルマラソンを完走されたこと。スタジオでの解説も、合宿先に突然お電話を差し上げ国際電話での生出演をお願いしたことも・・・。歴代の担当者、マラソンに関わったスタッフ、みな、監督が大好きでした。■ベルリンでオートバイに乗って高橋さんの世界記録を見守った姿、ガハハと笑い、面白いぞ、とお話いただいたこと、最近では、鷲見さんはどうでしょうとお伺いしたことまで北海道以外でお会いした時も、取材する私たちにも声をかけ、褒めていただいたこと、いくつも場面が思い出されます。■2020年の東京オリンピックはどうでしょう、まだまだ見解を聞かせていただきたかったし、小出マジックを、繰り出して欲しかったと思っております。■かけっこに注がれた情熱。ご生前の笑顔ばかりが思い出されます。■ご家族、ご親族、指導をうけた方々におかれましては存在感溢れる、先生、監督が旅立たれて、悲しみ、寂しさ、ご心情いかばかりかとお察しいたします。謹んでお悔やみ申しあげます。■幾多のご厚情をうけながら、ご恩返しをすることもできず、お別れの場に伺えず、痛惜の念もひとしおです。試合や合宿でお越しいただいた遥か北の大地からも、心からご天国で愉快にお過ごしいたでけるようお祈りいたしております。監督、小出先生、ありがとうございました。

歴史的快挙へ2019/01/05 01:16

小林陵侑 KOBAYASHI,Ryoyu (土屋ホーム、岩手県出身)が4日のスキージャンプW杯インスブルック大会も優勝して、今シーズン通算とも7勝目をあげた。インスブルックのヒルサイズ(HS)は130メートル。小林は1回目、このHSをはるかに越える136.5mを飛んで首位にたった。同じゲートで始まった2回目は21人が飛び終えたところで飛距離がでないこともあって一旦ゲートが上がった。普通、1回目でヒルサイズを6メートルも超えるジャンプが出たらゲートは下がるものだが、同じゲートでスタートしたばかりか、途中で2段も上がったのだ。小林陵侑にとっては殺人的設定だ。しかも飛びすぎる要素でもある向かい風が吹いている。ゲートが上がって3人目のカミラ・ストッフ(ポーランド、五輪金メダリスト)が131メートルとヒルサイズ越えをしてみせると、ジュリー(審判団)は再びゲートを下げる、それでも1本目で7メートルもの差をつけたクラフトが130.5m。インスブルックのブレーキングトラックはすり鉢状に受けている。どのジャンプ台もヒルサイズまでは安全に着地できるとされているが、その先まで飛んでしまうと、着地は難しくなる。インスブルックは尚更だ。宮平秀治ら日本コーチ陣はゲートを下げる判断をした。W杯、世界選手権、オリンピックなどで導入されているゲートファークター。助走スピードが落ちる低いゲートからスタートすると加点される制度だが、ジュリーの判断でなくコーチリクエストの場合、加点はされない(※注&訂正1)。助走スピードが落ち、飛距離が伸びなくなる。ゲートナンバーはO(ゼロ)。それでも「今、世界で最高のジャンパー」と評されるまでになった陵侑は、見事に2回目最長タイの131メートルを飛んでみせる。ストッフよりも3段も下のゲートからだ。若干のばらつき、乱れはあったが、着地でテレマーク姿勢も入れる。ジャンプ週間3連勝は明らかだった。◆小林はこれでW杯4連勝、今シーズン10試合で7勝、3位2回、7位1回と圧倒的な成績で総合優勝争いでもまたリードを広げた。日本選手のW杯シーズン最多勝利は葛西紀明の6勝だが、陵侑は師匠の持つ記録をシーズン3分の1の段階で塗り替えてしまった。日本人選手のW杯通算最多勝利は同じく葛西紀明の持つ17勝(2019年1月4日現在)だが、この記録にも追いつきさそうな勢いだ。◆まさに快進撃とはこのことだ。スキー界においてはジャンプ週間(Four Hills Tournament)は特別な大会。ワールドカップ制度が生まれるずっと前からジャンパーたちはこのドイツ、オーストリアの4つのジャンプ台で誰が一番強いか競いあってきた。日本選手では1972年に笠谷幸生が3連勝(4戦目は不参加)。1998年に船木和喜が3連勝、4戦全勝は逃したが日本勢ただ1度の総合優勝を果たした。今回、小林陵侑は日本の伝説的ジャンパー、笠谷、船木に続いて3人目の3連勝を達成した。そして、4戦全勝のジャンプ週間総合優勝の期待が高まっている。ジャンプ週間4戦全勝は66年の歴史のなかで、ハンナバルト、ストッフの2人しか成し得ていない。◆ジャンプ週間最終戦は1月6日、ビショフスホーヘンで行われる。【訂正2019.01.08】訂正1)コーチリクエストでもHSの95%、インスブルックの場合は123.5mより飛べばゲートを下げた加点があり、この日4.3ポイントの加点があった。

北海道マラソン20182018/09/02 01:59

ご無沙汰してます。久しぶりにブログを更新せねばな!と思っています。今年の北海道マラソン。男子は大学の後輩、女子優勝者は同郷。書かずにはいられません。

陸上トレーニング方法2017/10/07 23:13

陸上を見るのがとても好きなのですが、昔は少し走っていました。なんの実績もないのですが、今から40年ほど前に、800メートル2分突破、1500メートル4分0台、5千メートル15分20秒切り、1万メートル33分台、フルマラソン完走(2時間50分台)くらいでした。中距離型で、女子なら今でも日本トップクラスでしょうか?■中学の時は秋冬に駆り出される長距離継走の急造の駅伝部、高校時代に入った陸上部は短距離、フィールドでインターハイ出場はちょくちょく出たのですが、長距離は学年に1人、もしかしたら隔年に1か2人という部員数で、隣の市の強豪チームの練習に参加させてもらうことが多かったように思います。そんな素人同然の選手でしたが大学はバリバリの体育会に縁あってお世話になりました。■40年もたって思い出してみると、結構、理にかなった練習をしていたのだなと、当時の練習メニューの先進性に感心します(というか今も昔もあまり変わっていないのかもしれません…)。■当時といえば、瀬古さん登場の少し前、中距離では石井隆士さんが1500メートルの日本記録を樹立された少しあとの頃でした。練習方法を参考にするには陸マガや月刊陸上の記事を読んだり、書店のスポーツ指導書を見たりというものでした。書籍は高橋進さんや帖佐寛章さんのものが多かったように記憶しています。リディアードの本などもありました。挿入されていた写真は沢木啓祐さんやケニアのケイノさん、クラレの小山隆治さんがあったように思います。■前置きが長くなりましたが、初めて陸上の練習に参加したのは中1の秋、それぞれの部活動や日々の体育指導などで中1なりの基礎体力はそれなりについていましたが、体験当初はかなりキツかったように思います。練習の柱は「走る習慣をつける」と「レースペースの習得」でした。基本は毎日放課後に「タイムトライアル」+毎朝の「レペテーション」と「インターバル」の中間間的なトレーニングでした。■当時、私の地域の中学生の長距離継走は、学年別だったり、1年生を加えることを条件にした学校対抗だったりと大会ごとに規定がありましたが、一人2千メートルを6人なり、8人でリレーするというものでした。今のように3千メートルを走れる選手を養成するといった距離別の対策は必要ありませんでした。学年関係なく選手になるには6分切り、1年生は6分30秒というのが目安でした。■最初、朝練に参加するとまず、全員でジョグして体を温めます。それが終わるとグランウドは1周200メートルの小さなトラックでしたが、1周36秒の設定ペースで走り始めます。参加したての中1の私は200メートルを36秒で走ること自体初めての経験で、ほとんどダッシュだったのですが、2000メートル6分目標ならば200メートルは36秒で走れなければ話にならないのです。■距離は1本目が1周(200m)。2本目が2周(400m)、3本目が3周(600m)。4本目が4周(800m)。5本目が5周(1000m)。1周36秒ペースでいけるところまで行ってみようぜ!という発想だったように思います。■3班くらいに分けていたとかと思います。(繋ぎは何秒だったが覚えていませんが、)ラストは全員一緒に行ったように思います(Aチームはレストなし…)。朝練の走行距離はレースペースの部分だけでもレース距離を超えました。■ただ1年生や選手ごとの力量によって、40秒や38秒の班分けもやっていたようにも思います。1年生は200メートルを40秒で走って2000m7分切る感覚を覚えていきました。■そして放課後のタイムトライアルは、まずみんなで3、4キロロードワーク(サイクリングだったかもしれない)。幸いなことに地元の試合会場が校区内の人口湖だったたので毎日、そこまでジョッグで行きます。ジョグといってもかなり軽快なペースでした(自転車の場合でもジムでエアロバイクでアップするような効果でしょうか)。現地に着くとTTのスタート時刻を告げられ、体操と各自アップ、着替え、トイレ。TTは全学年一緒だったり、1年生から20秒間隔のタイム差スタートだったりしたように思います。1年生は6分30秒を切れば、上級生にぬかれず真っ先にゴールするチャンスもありました。ただ、当時も5分40くらいで2キロを走る上級生もいたので、なかなかトップでゴールするというのは容易ではありませんでした。■TT終了後は100から150メートルの流し、といっても、タイムを測ります。リラックスしながらもどのくらいのスピードで走っているか、ラストを意識した同タイムでもラスト競り負けない感覚を養います。そして、また校舎までの3、4キロほどの道のりをクールダウンを兼ねて走って帰ります。■たまにレストとして山歩きや球技などが入りますがほぼ連日のタイムトライアルが続き、市内大会に出場する選手も自ずと浮かび上がってきます。■寄せ集めの駅伝部も1ヶ月ほどすると、受験期や冬休みもあり、各学年10人いたメンバーも8人、6人と絞られていきます。特に受験を控えた3年生はレギュラー確実な選手以外、勉強に専念するようになります。その頃になると、7分切りがやっとだった1年生も6分半は計算でき、数人は6分切りも狙える選手に成長していきました。大会も学年別から1校1チームになっていき、12月下旬の県大会を目指しました。■今はその時期に全国中学駅伝がありますが、当時は県大会が年末、そこで3年生は最後の大会で、1月は1、2年生のみで活動、1月の新人戦で急造駅伝部は解散し、また、各部活にもどっていきました。▼今回は中学時代の思い出でした。高校時代の練習も機会があれば、思い出したら書いていくかもしれません…。

絶妙MGC設定記録2017/08/31 22:02

日本陸連が打ち出した東京五輪の代表選考方法。2019年秋以降をめどに新設するマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)を軸とするもので、この決定戦への出場権をかけた2シーズンにわたる国内男女8大会がマラソングランドチャンピオンシップシリーズ(MGCシリーズ)に指定されている。■一次選考にあたるMGCシリーズは大会ごとに記録や順位が設定されていて、この条件をクリアした者に決定戦であるMGCへの出場権が与えられる。MGCへの出場権を得た者、五輪代表候補(MGC進出者)をMGCファイナリストとしている。MGCファイナリストはMGCシリーズの他に'17世界選手権入賞者、'18アジア大会メダリスト、IAAF公認大会で男子2時間8分30秒、女子2時間24分00秒以内。もしくは期間中の自己上位②レースの平均が男子2時間11分、女子2時間28分以内といった選手も「ワイルドカード」でMGCファイナリストとなる。■MGCシリーズ最初の大会、北海道マラソン。男女各1名のMGCファイナリストが誕生したが改めて設定記録の妙を感じた。北海道マラソンの設定記録は優勝(日本人1位)なら男子2時間15分(女子2時間32分)以内、日本人2-6位の場合は男子2時間13分(女子2時間30分)以内となっている。男子優勝の村澤明伸は優勝しても出場権獲得者なしの瀬戸際からペースアップし12秒クリアする2時間14分48秒。女子のファイナリストの前田穂南は負けても6位以内なら権利が得られる2時間30分までもクリアしたが、2位の野上恵子は僅か11秒届かなかった。女子優勝候補と目されていた田中華絵は試合前、「優勝を目指す、優勝タイムが2時間32分より遅いとは思えない」と優勝すればMGCファイナリスト入りの条件はクリアできるはずと話していた。田中華絵は2時間32分16秒。軽いアクシデントがあったようだし、トップを走っていれば落ち込みはそれほどないであろうことを想像すれば、確かに優勝していれば2時間32分以内では走れていただろう。■試合前の男子選手への取材では答えは大きく4つに分かれた。1つは2時間13分以内で優勝。2つめは2時間15分では1人しか資格が得られないから2時間13分を切るペースで行って6位以内にはいる。3つめは過去の大会をみると2時間13分の流れになることは少ないので2時間15分以内で確実に勝つ。そして4つめは今回MGCの資格を得られらくてもよい(夏のレースの経験を積む、勝ちにこだわりタイムは気にしない、記録の出やすい大会に備え鍛錬の一環、現在の自分の力を確認e.t.c)というものだった。■大会にペースメーカーは存在していなかったが優勝経験のあるサイラス・ジュイや2時間9分台記録を持ち大会記録更新の2時間10分台宣言をしていたメラク・アベラ、2時間13分狙いの選手らがペースをつくるのではないかと予想していたが、蓋を開けてみると2時間15分突破も危うい超スローペース。レースは「ナマモノ」ペースメーカー不在の中でメンタル部分も「貴重」な経験ではあるが・・・ここでも心理へ影響もあったのではないか。■「13分ペースでみんなで行こうよ」と考えていた選手は焦りもあったのではないか。一向にペースが上がらない集団の中で中盤なんとか前へという走りをしていた大津選手らは、消耗してしまっていたのではないかと想像する。丸山選手、吉村選手は15分で勝つとしていた。スローになっても「勝つ」をテーマにしていた選手がスローに心を揉んでしまうことなく優勝争いを展開したのではないか。更に優勝した村澤明伸選手は優勝インタビューでも「タイムは残り1キロまで意識していなかった」「(MGCファイナリストになれたのは)ご褒美かな」と答えたように資格獲得は度外視してマラソンを走りきることに集中していたのではないだろうか。

村澤明伸選手2017/08/31 21:24

北海道マラソン2017で優勝した村山明伸選手。日本陸連が設定した2020年の東京オリンピックのマラソン代表選考会(MGC)出場資格の条件をクリアしMGCファイナリスト第1号となった。■大会前に話をする機会があった。北海道マラソンのこと、東京五輪のこと、大迫傑選手のことなどを聞いたが、これだけは聞いておこうと思っていたことがあった。それは「高見澤勝」先生のこと。■高見沢勝さんは長野県の佐久長聖高校から山梨学院大学を経て日清食品へ進んだ陸上長距離選手。ジュリアス・ギタヒが初マラソン初優勝した2007年の北海道マラソンで2位、日清食品ワンツーフィニッシュ。この年度をもって、日清食品を退き母校、佐久長聖高校の教員に転身し、陸上部のコーチに就任した。驚くべきはその年(2008)の北海道マラソンで優勝をしてしまう。中本健太郎や清水将也らのちに世界選手権やオリンピック代表になる選手を抑え、大会歴代3位(当時)の2:12:10、5キロ関門から全てトップを走り切る離れ業を演じた。■当時、村澤選手は佐久長聖高在学中、インターハイが終わりおよそ1ヶ月、その日も自身の試合があった(優勝)が、テレビ越しに「高見澤先生」の優勝を見て自身のことを忘れてしまうほど興奮したのを覚えているという。■今年の北海道マラソン、30キロをすぎて後ろの集団から猛追し、35キロ手前で先頭集団に追いつくと残り7キロあまりを先頭を走り続け、40キロ付近までに他の選手を振り払った村澤選手。前半のスローペースで不可能と思われた2時間15分突破をやってのけた姿に多くの人が興奮したに違いない。

北海道マラソンのミカタ2017/08/18 15:09

8月27日の北海道マラソン2017を前にMGCや北海道マラソンを特集した番組が放送されます。■「北海道マラソンのミカタ」8/19土正午〜北海道エリア→マラソンを知らなかった元SKE48の東李苑が8月27日に行われる「北海道マラソン2017」を知るべく、五輪開幕が3年後に迫った東京へ飛んだ。そこに待っていたのは「詳しすぎる解説」の増田明美。日本マラソン界「伝説のランナー」瀬古利彦だった。応援の仕方や素朴な疑問から日本陸連が打ち出したMGC五輪選考方法まで様々な質問をぶつける。出場予定選手や大会公式ソング「ロングラン」のGLAYからのメッセージも。( http://uhb.jp/program/marathonnomikata/ )■そして8月27日は午前8時55分からMGCシリーズの開幕戦でもある大会の様子をテレビ中継します。オープニングではマラソン日本への思いを込めたVTRも放送予定です(なお北海道外の方は8:58AMからですがBSフジでも同内容の放送です※オープニングのVTRは流れません)。http://uhb.jp/marathon/ ▶︎カテゴリにMGCを追加