衝撃の幕開け2019/01/02 01:31

スキージャンプのメジャー大会、ドイツ・オーストリア伝統のジャンプ週間(4 Hills Tournament)の第2戦(ドイツ・ガルミッシュパルテンキルヘン、兼W杯個人第10戦)で小林陵侑が優勝、年末のオーベルストドルフ大会に続いてジャンプ週間2連勝した。■日本選手がジャンプ週間で優勝したのは、笠谷幸生、葛西紀明、船木和喜の3人しかいなかった。小林は4人目の日本人ウイナー。1998年の船木以来、日本勢2人目の総合優勝の期待もかかる。■それにしても小林陵侑の快進撃は驚異的だ。今シーズン開幕戦で3位、2戦目でワールドカップ初優勝を果たすとここまでW杯9戦6勝3位2回7位1回。異次元の成績を刻みながらワールドカップ総合優勝争いのトップ独走中だ。■チームメートの伊藤有希は「ジャンプのことをあまりよくわからない(専門的、技術論などのことか)自分でも、他の選手と明らかに違うのがわかる、他のだれもできない、陵侑オリジナルのジャンプをしている」とその快進撃の要因を語る。「腰の進むスピードが速い」と。■チームの監督でもある葛西紀明も「呆れ」気味。「初優勝のときは嬉しくて涙が出そうになったが、勝利を重ねると『勝ちすぎじゃないか』と喜べなくなった」と冗談交じりに話す。■ジャンプ週間はこのあと舞台をオーストリアに移し4日がインスブルック、6日がビショフスホーヘン。世界のジャンプ界に新たな伝説が生まれる予感がする。

控えめJAPAN2016/07/29 02:05

リオ五輪に出場する男子マラソンの日本代表3人が釧路で合宿を行っている。27日には会見を開き現況や大会に向けた取材に応じた。■ナショナルチームにニックネームをつけるケースがある。スマイル・ジャンパン、クリスタル・ジャパン、侍ジャパン、さくらセブンズ、なでしこ、龍神、火の鳥、はやぶさ・・・などさまざま。■マラソン男子代表に、勝手に名前をつければ「控えめジャパン」という印象。派手さがない。サンライズレッドのウェアにも遠慮がち。■ただ、これって悪くないと思う。銀河軍団のような派手でギラギラしているのって、この競技ではもろく崩れることの方が多い。マラソンは地味、地道、ヒタヒタ、ネバって、静かに静かに頑張りつづけつことが凄く大事。■この「控えめ」「目立たない」「オーラに欠ける(←全然悪いことじゃな)」代表に密かな期待を抱いている。マラソンって目立たないのって凄くいいことなのだと思うのだ。

劇的サンデー2014/10/19 17:29

ベストアマ、ローアマのプレーオフの話題をすることはなかったな、と反省。昨夜のブログ。

ヒーローたちの名勝負2014/03/19 02:43

NHKで土曜の夜に放送している同名の番組。1月11日はスキージャンプの岡部孝信だった。放送の当時、「ああ」と贔屓の選手に突きつけられた現実を思い、ため息を飲み込んだのを思いだす。放送日の4日前、1月7日。ソチ五輪のジャンプ代表が発表された。その中に岡部の名はなかった。年末年始のジャンプ週間に招集された岡部。いわば五輪メンバー採用試験、そのラストチャンスだった伝統の大会で代表選出の条件を満たすことができなかった。◆シーズンインの段階で岡部の五輪代表入りは厳しい状況だった。それでもサマージャンプでFISのポイントをとり、国内スタートとなった開幕戦で優勝してみせた。滑り込みで、「逆転代表入りへ」、少ないかもしれないが「チャンスはある」と不屈の精神で挑んでいた。そんな岡部の代表入りを祈るような気持ちで声援を送る人は多かった。もしかしたらこの番組の制作者も岡部の代表入りを願って、取材し、代表発表の日の近くでの放送を考えていたのだろうか・・・と。◆金メダルを引き寄せたあのジャンプ。原田を救い、日本を救った。大スランプの中から大一番でみせた「逆転の大ジャンプ」。長野後も不利なルール変更にも挫けず復活してみせ、エースとして2006トリノに臨み、更に当時のW杯世界最年長優勝を含むシーズン10勝を上げた2008/2009季。そして日本選手団主将を勤めた2010バンクーバーと年齢を重ねても進化を続けた。腰痛などとも戦いながら、ソチも代表争いに食い込んでみせた。岡部が、そして岡部のジャンプ人生そのものが、私にとってはヒーローであり、まさに名勝負の連続だった。◆我がスキージャンプヒーロー、岡部孝信選手のラスト飛行は3月22日、札幌・大倉山で行われる伊藤杯シーズンファイナル。「コーチの話を受けたあとも変わらずトレーニングを続けている。22日も優勝を目指す」と話した岡部孝信。その勇士をまぶたに焼き付けよう。

今こそ将来への戦略を②2014/02/24 00:01

ソチでの日本チームの活躍には「奇跡」や「幸運」と感じるところが大きい。もちろん、棚ぼたで栄光はありえない、奇跡や幸運は、アスリートの「不屈の魂」が呼び込んだもの。その奇跡に心打たれたし、日本を救った。ただ、日本選手団は「狙った」競技・種目では「負けた!」気がしてならない。好結果を出したものはチームジャパンが戦略的につかみ取ったものではなかったような、メダルプロジェクトは成功していなかったように思う。◆メディアを含め世論、国民はどれほど冬のスポーツ、アスリートを支えてきのだろうか。「何だよ、こんな時だけ!」「もっと勉強しろよ!」と批判を受ける場面も多い。◆個人的には、①仕分け後の五輪②冬のスポーツを育んできた地域が被災した後の最初の冬季五輪③2020年五輪ホスト国決定後の五輪という3つの視点から注目していた。◆バンクーバー五輪のシーズンでもあった2009/2010。「仕分け」が話題になった。文科省が管轄するスポーツ予算は大幅に見直された。バンクーバーは従来の予算で実施されたが、翌2010/2011から強化費は大きく削られた。◆ジャンプでいえば、ワールドカップへのステップとなるコンチネンタルカップへの派遣を取りやめた。ワールドカップ遠征も航空運賃と物価の安い海外での滞在費を勘案して、出国したら何ヶ月もヨーロッパに滞在。コーチは同行せず欧州滞在のコーチが現地で合流するなど経費を切り詰めた。◆バンクーバー後、強化体制が大きく変わったカーリングも、小笠原らの復帰、その小笠原たちが熱意を注いで実現したカーリングホールの完成など、いわば「私立」で強化環境がつくられた。話題の選手、人気選手は自力で独自スポンサーを獲得していくような形もできつつあったが、その規模や支持基盤は十分といえるものではなかった。◆今回の五輪、スポーツを、郷土を思う「心」に支えられてきた。これからの4年、そして、2020年のホスト国として、スポーツ先進国に成長することが求められる。

今こそ将来への戦略を①2014/02/23 23:20

ソチ五輪が閉幕する。日本は自国開催の長野を除き過去最高の8つのメダルを獲得した。被災地に育った羽生結弦の金。41歳の葛西紀明らの活躍でジャンプが16年ぶり、ノルディック複合が20年ぶりにメダルを獲得。スキーは新種目のフリースタイル・ハーフパイプでもメダルをとった。際立つのはスノーボードがハーフパイプとアルペンで合わせて3つのメダルを獲得した点だ。かつて「問題児扱い」、一部に「白眼視」された歴史を持つスノーボードに日本選手団は救われた。◆メダルには届かなかったが、ジャンプ女子は世界をリードする存在であったし、女子モーグル、カーリング、スピードスケートも表彰台に迫った。未勝利に終わったといえアイスホッケーの女子も開催国枠で出場した98長野とは格段に違い、自力出場を果たしたことそのものに価値があるし、世界と互角に戦えるところまでレベルアップしている。◆更にエース、メダル候補と言われた選手を襲ったアクシデントもあった。モーグルの伊藤みき、アルペンスキーの湯浅直樹はケガ。複合の渡部暁斗、ジャンプの竹内択は病に見舞われた。竹内択は本来の彼の実力からすれば物足りないものだったし、モーグルの伊藤みきはスタートラインに立てず無念はいかばかりか。◆一方で、大会1月前にインフルエンザにかかったと聞いたときは絶望的な予想をした渡部がワールドカップでの表彰台を経てノーマルヒルでメダルを獲得したのは驚きだった。葛西の腰、伊東の膝など、サポートチームの存在が活躍を支えた要因だったのだろう。スノーボードの竹内智香も一度は日本を飛び出した積んだ経験が、日本チームとの自分の心の中での和解で成果を上げた。◆とはいえ「冬のスポーツ」に対するサポート体制には不安を禁じ得ない。(続く)

大人な五輪代表2014/01/22 02:25

ソチ五輪日本代表選手団の結団式、壮行会が20日、東京で行われた。主将が41歳、葛西紀明(スキージャンプ)、副主将が田畑真紀(スピードスケート)、そして旗手が小笠原歩(カーリング)。レジェンド、ベテラン、カーママ。年齢だけではなく、オトナな印象。◆バンクーバー五輪の特徴は、長野以降の世代の活躍。高木美帆に象徴されるように長野五輪以降に競技を始めた選手たちが選手団の中心になり、若返った印象が強かった。今回もジャンプ女子の高梨、伊藤、山田の3代表全て10代。スノーボードHPの平野が15歳、平岡が18歳。アイスホッケーFW浮田17歳、フィギュアの羽生、村上らも10代とバンクーバー以上に次の世代が台頭してきてはいるが、それ以上に「お姉様方」の逆襲。ベテランの気迫が頼もしい。年齢は関係ない。若い選手たちも、かなりしっかりしている。オトナの発言が多い。そして、同時に、年齢は重ねても少年、少女の気持ちを失っていない!こればまた素晴らしい。◆橋本団長から、挨拶をいきなり振られた小笠原のコメントもしっかりしていた。アドリブ、ムチャぶりに「強さ」を発揮した。カーリングは1試合2時間半程度。10チームが出場する五輪は9試合以上戦う。日本代表スキップが「テレビに一番長く映る」のは間違いないだろう。喜怒哀楽が顔に出る。それがファンに愛される理由のひとつ。何度も涙を見せてきた。うれし涙、感動の涙、悲しい涙、悔し涙・・・。困ったり、怒ったり、呆れたり・・・。ポーカーフェイスが良いと言われるカーリングだが、小笠原の表情は豊かだ。◆結団式、壮行会の表情はすがすがしかった。(小野寺も楽しそうにしていたなぁ)雰囲気がとてもよい。これはコンディションが良い現れだと思う。ソチが楽しみだな。

苦しいときもスマイル2013/12/05 02:13

アイスホッケー女子日本代表、スマイルジャパンのソチ五輪メンバー21人が決まった。3月25日のこのブログで書いた近藤陽子が長野以来2度目の五輪代表となった。◆オリンピックのベンチ入りは20人。ただゴールキーパーはボジションの特異性からベンチ入りが許される2名プラス1名、計3名が認められていて、試合ごとにスタメン、ベンチの選手を変更できる。その制度もあり、ポプラトメンバー以外で小西あかね(高3)が代表入りした。◆小西は五輪代表の人数が分からなかったので、不安もあったと自身が選ばれた喜びと安堵感を口にしたが、それ以上に、選ばれなかった選手の分もと責任の重さ、仲間への思いを話した。◆飯塚監督が悩み抜いて決めた21人、発表の席にいた飯塚監督の表情からも悩み抜いた結論だったことを伺わせた。憔悴しているように見えた。発表された代表を見て、筆者もショックを受けた。青木亜優子の名前がなかった。◆ムダなことなどない。幾多の苦難の先に、栄光はある。大ケガから復帰した近藤。一度は引退しながらカムバックした久保。苦しくても信じて笑顔ですすむ。諦めない。チャレンジ・・・。スマイルジャパンの信条である。

2020 TOKYO2013/09/08 10:08

9月7日@ブエノスアイレス(アルゼンチン)で開かれているIOC国際オリンピック委員会の総会で2020年のオリンピック、パラリンピックの開催地が東京に決まった。

手袋パフォーマンス2013/01/19 14:42

注意も必要。◼1月13日、父親の誕生日にワールドカップで優勝したスキージャンプの高梨沙羅選手。手袋にハピバスデーと英語で手書きしておいたものをカメラにかざした。日本にいた父 寛也さんはサプライズに嬉しそうだったという。家族思いの心あたたまるエピソードだ。◼スキー選手の手袋パフォーマンスは今回に始まったことではない。3.11を遠征先で知った選手たちは日本語で日本へのメッセージを書くなどした。■ノルディックスキー複合の小林範仁選手(現在は引退し秋田テレビ勤務)がフジテレビの番組「ジャンク・スポーツ」で明かしたエピソードは、トリノオリンピック(2006年)で当時、おつきあいしていたガールフレンドに向け手袋に書いたメッセージを国際映像に見せたというもの。話のオチは、そのあと「破局しました」。その小林選手、2011年の世界ノルディックを最後に引退。ここでも手袋に「ありがとう」と書いてカメラに見せた。■メッセージではないが、1998年の長野オリンピックや2007年の世界選手権の団体で、控えに回った選手の手袋やハイネックのインナー、ヘルメット、ゴーグルを出場選手が身につけ一緒に戦ったということもあった。サッカーでユニフォームを2枚重ねて、ゴール後、重ねていた背番号を見せたという逸話に共通する話だ。■ただ、メッセージの内容が公序良俗に反したり、政治的な発言や商業目的のものとなるとオリンピック憲章やアマチュアリズムの点から厳しく制裁を受けることもある。確信犯ならともかく、悪ふざけ、悪ノリ、またはルールをよく知らずにやってしまうことのないよう注意したい。